思う根拠は。

be動詞が使えないアメリカ人(英語が第一言語の人)を何人か知っているからです。
助詞が使えない怠け者の高校生と同じですね。

「…じゃないんじゃなくなくネ?」なんて言葉が何となく通じるのと同じですね。 日本語の改革ということを議論する人がいます。 バブルのころにピークがあったと思います。
当時、『三省堂例解国語辞典』などという、 不倫調査 大分外国人の日本語辞書としての機能を配慮した辞書が出たりしたころです。我々がコリンズを使う感覚で使ってほしいという。
日本語を広めたい、簡単に習得させたいというムーブメントの一翼としてそういうものがあったのですが、 改革論者は、たとえば敬語について、接続と敬語の種類が難物だから、 「社長は、そばを召し上がります」 なら、 「社長は、そばを食べるございます」 「社長から、専務に申し上げます。」 なら、 「社長から、専務に言うございます」 という形を認めるなど。 たしかに、これなら習得は楽です。 前置詞はともかく、冠詞はこういう表現を認めていいのではないでしょうか。